今回は、親鸞聖人が四条大橋で聖覚法印と出会われたときのことを紹介します。
比叡山を降りられるまでの親鸞聖人については、以下をお読みください。

四条大橋での聖覚法印のお導き
親鸞聖人は、六角堂で百日の祈願をなされました。
しかし、なおも一大事の後生に苦しまれた聖人は、夢遊病者のように京の町へと出て行かれました。
遠く比叡山が見える。あの山に、救われる道は無いと、首を振られます。
足取り重く、やがて、にぎやかな四条大橋へ。
ぐったりと、欄干にもたれ、川の流れを見下ろしておられました。
すると川面に映る聖人の影に、もう一つの影が近づいて来ます。

比叡山の頃に修行を共にした聖覚法印である。
聖覚法印についてはこちらの記事をお読みください。

親鸞聖人と聖覚法印の久しぶりの出会い
聖覚法印おや、親鸞殿ではござらぬか。
親鸞聖人おお、あなたは、聖覚法印さまでは…
聖覚法印やっぱり、親鸞殿であったか。いやー、久しぶりですなあ。
親鸞聖人あなたが、山を下りられたことは、聞いてはおりましたが、お元気そうでなによりです。
旧友、聖覚法印との、この出会いが、親鸞聖人に、大きな希望と転機を与えることになります。
四条大橋について
現在の四条大橋は、京都会館から歩いて15分ほどのところにあります。
鴨川はもともと氾濫しやすい川として知られており、これまでも何度も流されては、再建されてきました。

鎌倉時代には、鴨川の東岸、現在の五条坂から七条あたりに位置した六波羅に、鎌倉幕府の出先機関である六波羅探題が置かれました。
六波羅探題は、京都の治安維持や朝廷の監視、西国武士の統括など、幕府にとって極めて重要な役割を担っていました。
この六波羅への交通路として、平安時代末期から鎌倉時代にかけて、鴨川には幅の広い橋が架けられていたと記録があり、それが四条大橋だったと考えられています。
親鸞聖人と聖覚法印の対話
親鸞聖人正統伝には、次のように書かれています。
二十九歲三月中旬、四條橋にて計らざるに安居院聖覺法印に行き逢ひたまふ、法印詞をかけて云く、常ならぬ有樣に見え侍べり、何處へか行せたまふと、範宴もとより敎示の親みあれば心底を不殘かたり給ふ、法印それこそ期さんめれ、今東山吉水に法然房源空聖まします、實に一天の明匠四海の導師也、早く彼の許に詣でて要津を問たまへ。
出典:『親鸞聖人正統伝』
意訳:29歳の3月中旬のこと、四条大橋で、思いがけず安居院聖覚法印にお会いになった。
法印は(範宴に)声をかけて、「範宴殿、少々、お顔の色がすぐれられないようだが、どこに行かれようとしておられるのか」とおっしゃった。範宴は、比叡山において(聖覚から)教えを受けていた縁で親しみがあったので、心の内を全て隠さずにお話しになった。
法印は「今こそまさに真実の仏法を聞くときです。今、東山吉水の地に、法然房源空聖人がいらっしゃいます。誠に天下に並ぶ者のない名高い師であり、四海の導師である方です。急いでそのお方の元へお参りして、仏教の重要な要をお尋ねなさい。」とおっしゃった。
安居院は、聖覚法印の住房です。
範宴は、親鸞聖人の当時のお名前です。
アニメ映画『世界の光 親鸞聖人』では、親鸞聖人が聖覚法印へ語った心のうちを詳しく教えられています。
心の病の解決をどうすればいい
聖覚法印親鸞殿、少々、お顔の色がすぐれられないようだが
親鸞聖人はい。聖覚殿、肉体はどこも悪くありませんが、親鸞、心の病気で苦しんでおります。聖覚殿、あなたは、この魂の解決、どうなさいましたか。
聖覚法印親鸞殿、私も、長い間苦しみました。山を下りて、どこかに、救われる道がなかろうかと、狂い回りました。そして吉水の法然上人にお会いすることができたのです。
親鸞聖人法然上人
聖覚法印そうです。その法然上人から、教えを頂き、阿弥陀仏の本願によって救われたのです
アニメを見た人の感想の中に、「ここで親鸞聖人が、肉体はどこも悪くないのに、心の病で苦しんでいると仰有った。この『心の病』とは何ですか」と質問される人がいます。
この「心の病」が分からなければ、聖人の決死の修行の動機も知ることはできません。
もちろん、「心の病」とは現代人によくある、ストレス、イライラ、欲求不満などからくる精神病のことではありません。
仏教ではこれを「無明業障の恐ろしき病」といいます。
「無明業障の病」と名号の働き
新型コロナウイルスの感染拡大で、イベント自粛、一斉休校、人や物の移動が制限されて株価は大暴落し、世界全体を暗い影が覆いました。
目に見えないウイルスの脅威に、我々の日常が、いかに危うく脆弱なものか、まざまざと見せつけられました。
「致死率は高くない。そんなに恐れる必要はない」という声もありますが、「特効薬がない」「死ぬかもしれない」という恐怖からは、誰も逃れられません。
普段は意識しない死の問題を眼前に突きつけられた時、人間はとても無防備となります。
新型コロナウイルスの感染も終息はしましたが、無論、死ななくなったのではありません。根底にある死の問題は先送りされただけで、人類の暗い心は依然として晴れぬままなのです。
昨日、今日、明日、広くいえば去年から今年、そして来年へと、人生はどんどん進んでいきます。「生きる」とは、確実に「死に近づいている」ということなのです。誰にも止めようがありません。
やがて死にぶち当たります。さて、どこへ旅立つのでしょうか。誰も知りません。その先は、全くの闇なのです。
このお先真っ暗な心を仏教では、
「無明業障の恐ろしき病」と言い、
次のような症状があると教えます。
「死んだらどうなるか分からない」
「生まれてきた喜びがない」
「科学の進歩で便利になったが、心から喜べない」
「何のために生きているのか、分からない」
「底知れぬほど、人生は寂しい」
「どんなに金や物に恵まれても、幸せを実感できない」
誰もが、うすうす感じている心ではないでしょうか。全人類が抱える、この「無明業障の恐ろしき病」は「無明の闇」とも言われ、万人の苦悩の根元と教示されています。
だからこそ大宇宙最尊の仏である阿弥陀仏は、「すべての人の無明の闇を破り、来世は必ず浄土へ往生できる、絶対の幸福の身にしてみせる」と誓われているのです。
これを阿弥陀仏の本願といいます。そして弥陀は、本願の通りに救う力のある「南無阿弥陀仏」の六字の名号を、すでに成就、完成してくだされているのです。
この名号(本願力)の働きだけを他力といいます。
親鸞聖人は、名号(南無阿弥陀仏)の広大無辺な威神力を、次のように讃嘆なされています。
無碍光如来の名号と
出典:高僧和讃
かの光明智相とは
無明長夜の闇を破し
衆生の志願をみてたまう
意訳:阿弥陀仏が完成なされた名号には、果てしない過去から私たちを苦しめてきた無明の闇を破り、どんな人をも絶対の幸福にする、偉大なお力があるのだ
親鸞聖人は、遂に、苦悩の根元を無明の闇だと断言する真の善知識にお会いすることになります。
編集後記
もし親鸞聖人が四条大橋で聖覚法印と出会っていなければ、もしかしたら法然上人から阿弥陀仏の本願を聞けなかったかもしれません。
私たち一人ひとりも、「あの人がいなければ親鸞聖人の教えを一生聞くことはなかった」と言える人が必ずいると思います。
いま親鸞聖人の教えを聞かせていただけることに感謝し、これからも浄土真宗親鸞会京都会館で、阿弥陀仏の本願を聞かせていただきましょう。

